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洋楽のココロ イイカゲン訳詞Bar

Bar "Bobby Jean"で音楽のココロと日々の戯言を・・・。

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Bobby Jean

Author:Bobby Jean
Bar "Bobby Jean"へようこそ!

つたない英語力でお気に入りの洋楽をテキトーに訳し、字幕動画を作製しています!
また所沢の自宅でこれまたテキトーに野菜など栽培して食している40代。

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街にうもれそうな 小さなわすれな草…

2019.08.31

category : 尾崎 豊


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ワスレナグサ(勿忘草)と言う名前は、ドイツに古くから伝わる悲恋物語に由来しているそうです。


ある春の日
ドナウ河畔を
騎士ルドルフと美しい乙女ベルタが
散策をしていました。

すでに親の許しも得て
結婚式を真近に控えていました
そんな二人は幸せな毎日を送っていたのです。

ふとベルタが水辺に目をやると
鮮やかな青色の小花が咲いていました。

「なんて優しいお花なんでしょう」
ルドルフは
愛するベルタの為に河岸の花を摘もうと
手を伸ばしました。

その瞬間
ルドルフは足を滑らせて
急流の中に落ちてしまいます。

花を握ったまま彼は必死にもがいたけれど
重い鎧のせいで泳げない・・・・・
「僕を忘れないで!」
最後の力を振り絞って
ルドルフは花を岸に投げました。
そして彼はドナウの底に沈んでしまったのです。

ドナウの岸辺に咲いていた青い小さなお花
その花こそ・・・・・ワスレナグサ。

悲しい恋の思い出を秘めて
ワスレナグサは・・・・・今も・・・・・
騎士の瞳のような青い花を咲かせていると言います。








#593 Forget-me-not / 尾崎豊

小さな朝の光は 疲れて眠る愛にこぼれて
流れた時の多さに うなずく様に よりそう二人
窓をたたく風に目覚めて 君に頬をよせてみた

幸せかい 昨晩のぬくもりに
そっとささやいて 強く君を抱きしめた

初めて君と出会った日 僕はビルのむこうの
空をいつまでも さがしてた
君がおしえてくれた 花の名前は
街にうもれそうな 小さなわすれな草

時々愛の終りの悲しい夢を 君は見るけど
僕の胸でおやすみよ 二人の人生 わけあい生きるんだ
愛の行く方に答はなくて いつでもひとりぼっちだけど

幸せかい ささやかな暮らしに
時はためらいさえも ごらん愛の強さに変えた

時々僕は無理に君を 僕の形に
はめてしまいそうになるけれど
二人が育くむ 愛の名前は
街にうもれそうな 小さなわすれな草

行くあてのない街角にたたずみ
君に口づけても

幸せかい 狂った街では
二人のこの愛さえ うつろい踏みにじられる

初めて君と出会った日 僕はビルのむこうの
空をいつまでも さがしてた
君がおしえてくれた 花の名前は
街にうもれそうな 小さなわすれな草



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俺が聴いた邦楽 ③

2019.08.24

category : 尾崎 豊


1980年代前半、偏差値・学歴偏重の時代…教師による体罰が当たり前で、それに反発した10代の若者が校内をバイクで走り、ガラスを割りまくるなんて言うニュースがよくブラウン管で流れた。

体罰禁止の今では考えられないようなそんな時代に、高校在学中にデビューし、10代のうちに立て続けに3枚のアルバムを発表、たちまち若者たちの心をとらえて一気にメジャー・アーティストになった尾崎豊。

その歌詞は

”盗んだバイクで走り出す”

”夜の校舎 窓ガラス壊してまわった”

など強烈で刺激的な言葉が並ぶ。


さらには自分ではうまく言葉にすらできない純粋な若い恋人たちの心情を見事に歌ったラブソングの数々。

そんな名曲をわずか17、8歳で書き上げているのだから、天才としか言いようがない。







しかしながら、その心をストレートに鷲掴みにされた若者、特に十代のファンやマスコミたちに、”10代のカリスマ・教祖”というレッテル・イメージをつけられ、そのことで悩み苦しむことになる。


20歳になり方向性を見失い突然無期限活動休止を宣言し単身渡米。

その後曲作りや精神的に苦悩し、覚せい剤取締法違反で逮捕。

再起をかけてニューアルバムを発表やツアーを行ったが、1992年4月25日…26歳の若さで突然この世を去った尾崎豊。


まさに苦悩しながら純粋に真実や愛を歌にし、太く短い人生を駆け抜けた伝説のアーティスト…。


しかも・・・


イケメンなんだな~。

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中3になり受験勉強の憂さを晴らすように、塾の仲間とその当時尾崎を聞いていた。

歌を聞いた友達は、その歌詞に共感を覚え、すぐにファンになった。

でもある日、俺の家に来てビデオで初めて尾崎豊の姿形、その顔を見てこう言った。

「なんだよー!!かっこイイじゃんかよー!!」

「俺と一緒だと思ってたのに、全然違うじゃんかよー!!騙されたあー!!」

と憤慨していたのを覚えている。

gfgfghhhhh





・・・つい先日、尾崎の死後27年たった今だから語れる対談動画をYou Tubeで見た。

高校生だった尾崎豊というダイヤモンドの原石を”伝説のアーティスト”に創り上げたと言っても過言ではないプロデューサーやアートディレクター達の対談番組だ。

まだまだ言えないことがたくさんあるようだが、一番近くにいてデビュー前から尾崎豊を支えてきた同志たちの言葉は、本当の人間”尾崎豊”について語っており、妙に納得できる動画でした。


ファーストアルバムではプロデューサーの戦略で、あえてイケメン尾崎の顔写真を一切出さずにシルエットのみ…しかも日本語が一切なし全て英語表記のアーティスティックなデザイン。


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家にあった当時のツアーパンフもとにかくハイセンスでカッコいい!


写真 2019-07-26 10 48 07



写真 2019-07-26 10 48 57



このように…まわりの裏方のクリエーターたちが考え作りだしたメージに近づくように、本人も一緒に虚像である”伝説のアーティスト 尾崎豊”を自分で演出し創り上げていったところがあるのだという。

日比谷野音のライブ中、7メートルの高さの照明台から飛び降り骨折、スタッフに支えられながら失神寸前状態で熱唱・・・この事件も”尾崎豊伝説”を自ら演じた1つの例と言えよう。


しかし本当の”尾崎豊”は屈託のない笑顔で、周りを楽しませるのが大好きなピュアな人間だという・・・。


飲んだ帰り停めてあるバイクに突然またがり

「盗んだバイクは走らない~♪」

「盗んだバイクはカギがないから走らないっすよ!」

とおどけてまわりのスタッフを笑わせた…そんなエピソードがあるそうです。


”彼が彼であるために”、虚像と実像の狭間でもがき苦しみながら戦い続けた伝説のアーティスト。

こんな人はもう二度と現れないであろう・・・。




#591 僕が僕であるために / 尾崎豊

心すれちがう悲しい生き様に
ため息もらしていた
だけど この目に映る この街で僕はずっと
生きてゆかなければ
人を傷つける事に目を伏せるけど
優しさを口にすれば人は皆傷ついてゆく

僕が僕であるために勝ち続けなきゃならない
正しいものは何なのか それがこの胸に解るまで
僕は街にのまれて 少し心許しながら
この冷たい街の風に歌い続けてる

別れ際にもう一度 君に確かめておきたいよ
こんなに愛していた
誰がいけないとゆう訳でもないけど
人は皆わがままだ
慣れあいの様に暮しても 君を傷つけてばかりさ
こんなに君を好きだけど 明日さえ教えてやれないから

君が君であるために勝ち続けなきゃならない
正しいものは何なのか それがこの胸に解るまで
君は街にのまれて 少し心許しながら
この冷たい街の風に歌い続けてる

僕が僕であるために勝ち続けなきゃならない
正しいものは何なのか それがこの胸に解るまで
僕は街にのまれて 少し心許しながら
この冷たい街の風に歌い続けてる



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俺が聴いた邦楽 ②

2019.08.06

category : 尾崎 豊


前回に続き尾崎豊についてもう少し書こうと思います。


尾崎豊の音楽に出会ったのは、多分14歳頃だったと思う。

尾崎豊の2枚目のアルバム『回帰線』が出たのが中3の頃なので、かなり早くから偶然にも尾崎豊を知っていました。

その理由は…自分の2つ上の兄がその当時通っていた都内渋谷にあった私立A高校。

そのA高校は尾崎豊が通っていた高校だったからです。


兄は尾崎豊の3歳下なので、実際に同じ校舎にいたことはないのですが、世の中ではそこまで知られていないその当時に、伝説的なA高校の先輩として名を馳せていたとのこと。

後輩だった兄は尾崎豊のレコードを愛聴し、コンサートも早くから行っていたのです。


つい先日、倉庫にしまってあった古いレコードを入れた段ボールを探したら、当時のモノが出てきた!

3作目『壊れた扉から』のレコードとコンサートのパンフレット、そしてそのパンフの中にチケットの半券まであるじゃない!

1985年の11月15日 代々木オリンピックプール第一体育館 でなんと2500円!!

今考えると激安ですが、当時はこのくらいが相場。これも自分ではなく、兄が行ったコンサートです。


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とにかくお金がまったくない中ボウの俺は、ちょっと小金を持っている高校生の兄の陰に隠れて、兄が買った尾崎豊のレコードやビデオをこっそり聞いたり、カセットテープに落としたりしていたのを思い出す。


さて尾崎豊と言えば、『I Love You』、『15の夜」、『卒業』などがメジャーですが、本日は3枚目のアルバム『壊れた扉から』から、”Freeze Moon”という曲を紹介します。

中3のときにこのPVを見て、びっくりの衝撃を受けました。。

尾崎が上から何度もペンキをかけられ、それを逆再生してるだけの映像ですが…斬新すぎてびびったのを覚えています~




#587 Freeze Moon / 尾崎豊

キャデラック・メイン・アベニューでは 
今ウブなあの娘のhip bangで俺達はメロメロになる
そして腹ペコをかかえた俺達は
バーガー・ショップに駆けこんでポテトをコーラで流しこむ
みんないい気持ちになりたくて 何度も
息を止めてみるけどそのたび 
金網にへばりついては 転げ落ち
いつでもさみしい思いをしている

俺は風を感じる
風を求めて wow oh
風がどこへ行こうとしてるか 俺は知りたい
胸をはるんだ

今夜は朝が来るまで 走り続けているから
君はエンジンの音の中で眠ればいい

oh oh…. 翼をひろげ
oh oh…. 風を求めて
俺達の真夜中の翼は ぼろぼろになっちまう
どうしようもなく また街に戯れる
俺達の終わりなき dance

フェンスに腰かけ ビクビクしていた
あの頃と似たような顔つきでみんなだまりこくっちまう
彼女は今夜も ドラッグにいかれて
昔みたいなドラッグ・クィーンになろうとしている
もうガラスをひっかく音は聞こえないけれど
今でもストリートにはガラスの破片が星のようにちらばっている
それはまるで まるであの頃の俺達の夢みたいに

みんな風を感じる
風を求めて wow oh
風がどこへ行こうとしてるか みんな知りたくないかい
胸をはるんだ

まだ まだ 何か足りないから
通りに出て 夜を買えばいい
誰も“どうして?”なんて聞かないから

oh oh…. 翼をひろげ
oh oh…. 風を求めて
俺達の真夜中の翼は ぼろぼろになっちまう
どうしようもなく また街に戯れる
俺達の終わりなき dance

夜はいつでも 凍りついていて
置きっぱなしのバイクにまたがると
昔みたいな気持ちになっちまう
ボンネットに寝転んだやつらは
この街で一番さみしい 星をみつけ
誰にもわからないような 一人言をつぶやいている

いったいなんだったんだ こんな暮し
こんなリズム いったいなんだったんだ
きっと 何もかもがちがう
何もかもがちがう
何もかもがちがう

oh oh…. 翼をひろげ
oh oh…. 風を求めて

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俺が聴いた邦楽 ①

2019.07.19

category : 尾崎 豊


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少し前ですが、NHK大河ドラマ「いだてん」 の第26回【明日なき暴走】が素晴らしく感動しました!

初めて女性の陸上競技への参加が認められた1928年アムステルダムオリンピック。

日本からは人見絹枝が女性選手としてたった一人で参加した。

国内予選を席巻した人見だが、プレッシャーに押しつぶされ、期待された100メートルでなんと、予選落ち…惨敗してしまう。

人見は突然顔を上げて、これまで走ったことのない800メートル走に出場したいと告げる。

「男は負けても帰れるでしょう、でも女は帰れません。」

「負けたらやっぱり女はダメだ、男のまねして走っても役に立たないと笑われます。」

「日本の女子選手全員の希望が…夢が…私のせいで絶たれてしまう」

「お願いします、やらせて下さい!」


そして決死の覚悟で800メートル走に臨んだ。

その結果は──
『ヒトミゲキソウ ギンメダル』

これは陸上競技で日本初のメダルであった。

ゴールの後、自らフィールドに敷いておいた毛布をやっと探り当てると、そのまま倒れ込んで意識を失ったそうだ。

まさに死に物狂いの激走であった。


帰国後、人見はラジオ放送で

『「化け物」「六尺さん」と笑われた私も世界に出れば何ら特別ではありませんでした。私に走ることを勧めて下さった増野シマ先生は手紙の中でこうおっしゃいました。

「あなたに対する中傷は世界へ出れば賞賛に変わるでしょう」

 本当にそのとおりでした。
 だから皆さん、勇気を出して走りましょう。
 跳びましょう。
 泳ぎましょう。
 日本の女性が世界へ飛び出す時代がやって来たのです。
 皆さんは幸福なことに、大和魂を持つ日本の女性なのです!』


そしてその後も肉体を酷使して走り続け、2年後の僅か24歳でこの世を去ったという。。

まさに”Born to run (走るために生まれてきた)”、『明日なき暴走』というタイトルに相応しい生き様だったと言えよう。


それにしても、視聴率が伸びず、評判のあまりよくないNHK大河ドラマ「いだてん」…めちゃくちゃ面白いぞ!!!

今後の展開も楽しみです!!




さて、『明日なき暴走』と言えば、ブルース・スプリングスティーンの代表曲、”Born to run ”の日本での呼び名。

つまり、この曲からとったことは間違いありません~(曲が劇中流れたワケではありませんが)





今から44年前の1975年に発表されたこの曲は、世界中の人々に影響を与える1曲となった。


もちろん、この日本でもスプリングスティーンチルドレン・・・つまりブルース・スプリングスティーンに影響を受けたミュージシャンがたくさんいると言われています。

自分で認めている人ももちろんいますが、認めないのに”どう見てもそっくりのパクリだろっ!”てな方もいる。

たとえ猿真似のパクリだとしても、好きだからこそのマネ、オマージュとてして捉えれば全く問題なしだし、似せながらも自身のオリジナリティを出しているのだから、やはり卓越した才能がないとできるはずがない。


ブルース・スプリングスティーンっぽい日本人アーティストととして、何人かのアーティストを10代のときによく聴いた。


”俺が聴いた邦楽”というテーマでしばらく特集したいと思います。


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まずは”尾崎豊”。

見比べるとジャケットの着方から、テレキャスター(エレキギター)までボスとそっくり。

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尾崎豊のデビューアルバム『17歳の地図』の製作にあたり、尾崎は表題曲のこの曲のアレンジを、ブルース・スプリングスティーンの「明日なき暴走」のようにと頼んだとのこと。


詞の内容は違いこそあるが、若者の焦燥感を描いた歌詞と疾走感あふれるギターサウンドはやっぱり似てるやね。




#584 17歳の地図 / 尾崎豊

十七のしゃがれたブルースを聞きながら
夢見がちな俺はセンチなため息をついている
たいしていい事あるわけじゃないだろう
一時の笑顔を疲れも知らず探し回ってる
バカ騒ぎしてる 街角の俺達の
かたくなな心と黒い瞳には寂しい影が
喧嘩にナンパ 愚痴でもこぼせば皆同じさ
うずうずした気持ちで踊り続け 汗まみれになれ
くわえ煙草のSeventeen's map

街角では少女が自分を売りながら
あぶく銭のために何でもやってるけど
夢を失い 愛をもて遊ぶ あの子 忘れちまった
心をいつでも輝かしてなくちゃならないってことを
少しずつ色んな意味が解りかけてるけど
決して授業で教わったことなんかじゃない
口うるさい大人達のルーズな生活に縛られても
素敵な夢を忘れやしないよ ワァオ!

人波の中をかきわけ 壁づたいに歩けば
すみからすみはいつくばり 強く生きなきゃと思うんだ
ちっぽけな俺の心に 空っ風が吹いてくる
歩道橋の上 振り返り 焼けつくような夕陽が
今 心の地図の上で 起こる全ての出来事を照らすよ
Seventeen's map

電車の中 押しあう人の背中にいくつものドラマを感じて
親の背中にひたむきさを感じて このごろふと涙こぼした
半分大人のSeventeen's map
何のために生きてるのか解らなくなるよ
手を差しのべて おまえを求めないさ この街
どんな生き方になるにしても
自分を捨てやしないよ ワァオ!

人波の中をかきわけ 壁づたいに歩けば
しがらみのこの街だから 強く生きなきゃと思うんだ
ちっぽけな俺の心に 空っ風が吹いてくる
歩道橋の上 振り返り 焼けつく様な夕陽が
今 心の地図の上で 起こる全ての出来事を照らすよ

Seventeen's map

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